超短編ストーリー 第33話 幸

2020年5月28日超短編ストーリー,執筆作品

「はぁ…」
璃波流沙は郊外のマンションに住む25歳のOLだ。
仕事の帰り道。普段は明るく元気な女性なのだが、ある日を意識するとため息を漏らさずにはいられなかった。彼女には小学生の頃からの親友がいて、その親友が来月結婚する。結婚自体は親友なので彼女も嬉しく、聞いた瞬間から既に祝福しているのだが、頼まれた披露宴の友人代表スピーチという壁にぶつかっていた。

流沙は極度の上がり性だった。喫茶店でその吉報を聞き、その時スピーチを頼まれ、その場のノリでOKした。お互い親友と呼べる相手が一人しか居ないのを知っていたし、断ろうとは微塵も思わなかった。たぶん今悩んではいるものの、再度改めて頼まれてもまたOKするだろう。ならばやるしかない。毎日部屋に帰ると考えていたが、気の利いた言葉がなかなか考えられないでいた。

「でもやっぱり上がり性なんだよなぁ…つまんないこといって白けさせたら申し訳ないし…あと1ヶ月あるからなんとかしなくちゃ!」と独り言を呟きながら歩いていると、流沙の歩幅で3歩先のところに、チョークで書かかれたような、円の中に1と書かれた落書きが見えた。見えているものの、特に気にせず通り過ぎ去ろうとしたが、丁度円の中に片足がまたがった瞬間、
(うわ、なんだこれ)
ただの暗い路地だった流沙の周りから突如、光が広がり、辺りは何かを称賛するような拍手喝采の中の披露宴の会場と化した。辺りが変わったと言うか、自分の場所が変わったというべきか。

流沙は突然の事で呆然とした。
パチパチパチパチ!
「ありがとうございました!それではここで新婦さんの友人代表として璃波流沙さんから一言頂きましょう」

(え…?)
思わず声が出てしまったつもりだったが実際は出てなかった。
(な、なんだこれ、夢?)
(夢じゃないよ)
(誰!?)
(心に話しかけているよ。誰にも聞こえてないから安心して。お姉ちゃんもそのまま心で話して)
瞬間、新郎新婦の下、メイン席の下から、5,6歳位の幼児の男の子がでてきた。背中に白い翼、頭の上には輪っかがある。
(よいしょっと。お姉ちゃんこんにちは。僕幸っていいます。お姉ちゃんのスピーチの応援に来ました)
(え?これはなんなの?私は帰り道を歩いてただけ…)
(時間がないから何も言わないで欲しいんだ。言うことを聞いて?これは現実だよ。急に変な所にお姉ちゃんを呼んでごめんなさい。僕の力で、時間を1ヶ月後にしてさらに移動して貰いました。スピーチがこわいんでしょ?それはわかってるんだけど、頑張って欲しいの)
(なんで私の今の悩み知っているの?あなた誰なの?お母さんお父さんはどこ?)
(お願い!何も聞かないで!そのスピーチね、お姉ちゃんが考えれば考えるほど駄目になることが分かってるの。でもね、そのスピーチ、成功しないといけない。でないとこの二人この後すぐに別れちゃう事になる。嫌でしょう?だから絶対成功させてほしいの)

流沙は少し考えてみた。
(あぁ、わかった。これはたぶん夢か幻か何かだ。恐らく私、悩みすぎて頭がおかしくなってしまったんだわ。でも優子が真剣にこっちを見てる…。)
(ちがうよ、僕が呼んだんだってば。成功させてよ?!お願い)
幸の真剣な表情をみて、
(うーん、よくわからないけど、切羽詰まっている事は嘘でないみたい。そしてこんな子供が応援してくれている。なんだか急に勇気が出てきたわ!頑張ってみよう…!)

2,3分で終わった。スピーチ自体は褒められたものではなかった。気の利いた事や冗談なども言えなかった。それでも、真剣に親友を思って話していた事は皆十分に分かった。

終わると、新婦の優子が思わず泣きながらやってきた。
「流沙、ありがとう!」
「うまく喋れなかったね…ごめんなさい…」
「そんなことないよー!」
「いつまでも幸せにね!」
二人は抱き合って泣き、笑いあった。
「とても仲がいいんだなこの二人は」
聞いていた参加者たちは皆そう思い、優しい微笑みとなる。

その横から、流沙の足元で幸が太もも辺りをちょんちょんと触れて言った。
(どうもありがとう。形は思ってたのとちょっと違ったけれど、でも大成功)
幸はニッコリした。
(あ、幸くん。幸くんが成功させてねって、真剣に言ってくれたから一応やってみたよ)
流沙は幸の笑顔を見て、今が現実であると思った。
(うん、頑張ったと思うよ。本当に、ありがとうね。)
(ところであなた、一体誰だったの?何者?)

(未だ聞くの?しようがないなぁ。だから【幸】だってば。今【幸辛とっかえキャンペーン】中なもんで。)
(よくわからないことだらけだけれど、幸くんも大変なのね…)
(お姉ちゃん、ばいばい)
(さようなら)
ふっと消えた。流沙は別に怖くは無かった。
披露宴も問題なく終わり新婚だった二人はその後いつまでも幸せに暮らした。

流沙は説明のつかない事が時には起こる事を身をもって知った。不思議な事だったが、ワープさせられた1ヶ月については考えないようにした。何らかの疑念を持ち始めたら、ふいに1ヶ月前に戻って成功した事までの全てが無くなってしまうような気が少ししたからだ。

流沙は時折あの帰り道を歩く度、こんなことを思う。
「っていうことは【辛】という人間に似た何かも何処かに居るんだよなぁ。どうか出会う事がありません様に…」





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