超短編ストーリー 第36話 マジシャン

超短編ストーリー,執筆作品

【マジック】を生業としていた老婆が居た。
彼女は、単に手品と言うと誰でも簡単に出来そうと思われがちだし、そんな簡単に出来るものと思っては欲しくない。自分のマジックは手品ではなく、正真正銘のマジックだ、と思っている。「種明かしできたらお金差し上げます」をキャッチコピーにしている。マジックの内容は、モノを消すものだ。

先月、ショッピングモールの広場のあるプロモーションイベントでマジックを披露した。「無くなっても良いものを私に下さい」そういって観客から渡されたものは1枚のタオルであった。内容は簡単でコップを風呂敷で覆い、風呂敷をはらうと無くなるというもの。

司会の男が「早くて無くなった瞬間がわからなかったー!もう一度やって頂きましょう!」と言うと、
老婆は「じゃぁまた無くなっても良いものをお願いします。消したタオルは戻せないので…」と言った。
次に手を上げて500円硬貨を出してきた人が居たが、司会の男が「小さすぎて周りの人が見えないので違うものでお願いします。他、どなたか!」と断った。

とある青年がティッシュペーパーを出してきた。
「あぁ、そういうので良いのですよ。このぐらいの小ささなら、風呂敷を使わず手のひらだけでやってごらんに入れましょう」
老婆はそういうと、服のそでをたくし上げ、掌の上にティッシュペーパーを置き、指を一本ずつ曲げていき、覆った。青年は近くでスマホを向けた。動画を撮っているようだ。老婆は撮られることになれているのか、別に気にしていない様子だった。
「今、覆われていますよね?手の中に。」
司会の男が言うと老婆は答えた。
「そう思うのが普通です。ではいきますよ」
ゆっくりと手を開いた。
「無い!手の裏見せて下さい!」
「どうぞ」
ゆっくりと手を裏にする。
「凄い~!これは凄い!」
そこにもティッシュペーパーはなかった。大歓声であった。凄く簡単な内容ではあるが、誰もその種明かしをすることは出来なかった。動画を撮影していた青年も再度録画の画像を見てもよくわからないという表情だった。

次の日に、青年が動画投稿サイトにアップロードしてから、その老婆は有名になってしまった。青年はその動画のタイトルに「必見!種明かし出来たら金くれるってよ!」としていた。老婆はもともと無名でもなかったので、別にこれ以上有名になる必要は無いと思っていたので、その青年のやった事に対して、「余計なことを…」と思っていた。

しばらくすると、マジックをする度にその場で種明かししようとするものが現れ続けた。
「別に自分の技量が減るものでは無いので、いくらでも出来ますが、マジックをする対象は無くなっても良いものをお願いします。消したものは戻せないので…。それから種明かしの方、あまりマジックの最中に騒がないようにしてくださいね。最近ちょっと雰囲気を損なう行動が目立ちますよ…」
彼女の口癖に一言付くようになっていた。

「ここまで種明かししようとする人が多いと緊張するんじゃないですか?」とあるマジックの時に司会の男が言った。それに対する彼女の基本の返答はこうだ。「種明かししようとする人が増えてきても全く問題無いです。種など無いのだから。」

依然として種明かししようとする者の種明かしは尽くその場で外れたのだった。しばらくすると金を払ってもいいから種明かししてくれと言ってくるものが現れたが、その場合は「無理ですね。それは永遠に秘密です」でそれ以上口を開こうとはしなかった。金を貰って種明かしなどしたら最後、もう自分はマジックで食べていけなくなると分かっていたからであった。

とある夜、人気のない帰り道にいつかの動画撮影の青年が現れた。
「種を…、教えろ…!」手に刃物を持っていた。

「まさかあんたの方からまたやってくるとは思わなかった。」老婆は焦りもせずに言った。
「近場の時はいつも観ていたさ。あんたの消し技を。教えろ…、教えろ…!」
「あんたが余計な事してくれてから種明かししようとしてくるやつらばかりでイライラしていたんだよ。マジックってものを楽しもうとしていない。あいつら遠慮ってものがなさすぎる。別に種がどうということじゃないんだけどね。雰囲気ってものがあるだろう。」
「いいから早く教えろ!さもなくば」
「それじゃぁ教えてあげるよ。望みどうり。でも一度だけだよ」

老婆は青年に近づいていった。
「こんなふうに私の手のひらでさわっているときに念じるの。消えろと。」

そして老婆が触れていた青年はあたりまえのように消えた。

何事もなく部屋に帰った老婆は愛猫を撫でながら言う。
「ずっとこの職業で生きてきたし、今更道を変えることは出来ないね。」

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